斎藤耕平氏の『人新世の「資本論」 (集英社新書)』を読み終えて、次なる時代に大いに興味を持っていたところ、新聞でアナキズムの特集記事があった。
今、一部でアナキズムに焦点が合っているようだ。
記事を読むと、僕がアナキズムに抱いていた、無政府主義を訴え、テロを繰り返すイメージと大分違っていた。
どうも、武者小路実篤らの運動に近いようである。
という訳で、もっとアナキズムを知ろうという事で、紹介されていた中の1冊である本書を手に取った。
本書を読むことで、海外のアナキズムの全体像を得られた。
斎藤耕平氏の『人新世の「資本論」 (集英社新書)』を読み終えて、次なる時代に大いに興味を持っていたところ、新聞でアナキズムの特集記事があった。
今、一部でアナキズムに焦点が合っているようだ。
記事を読むと、僕がアナキズムに抱いていた、無政府主義を訴え、テロを繰り返すイメージと大分違っていた。
どうも、武者小路実篤らの運動に近いようである。
という訳で、もっとアナキズムを知ろうという事で、紹介されていた中の1冊である本書を手に取った。
本書を読むことで、海外のアナキズムの全体像を得られた。
購入前、目次を見て、現代思想にも関係なさそうだし、好きな仲正昌樹氏の著作では、一旦、購入するのをやめておきた。
が、僕の読書生活に、ちょっとゆとりが出たので購入してみた。
購入したことに後悔はしていないが、当初のみつもりのように、僕が興味を持つ哲学の分野とは、やっぱり違っていた。
ある本がきっかけで急にヘーゲルに興味を強く抱き、早速、新書で読めるヘーゲル本、長谷川宏の『新しいヘーゲル (講談社現代新書)』と大ファンである仲正昌樹氏の『ヘーゲルを超えるヘーゲル』を取り寄せた。
仲正昌樹氏の『ヘーゲルを超えるヘーゲル』は、現代思想を絡めた、どっちかというと応用編のようなので、先に長谷川宏氏の『新しいヘーゲル』を読んだ。
そのことが、結果的に本書の理解を大いに助けた。
『動物化するポストモダン』が面白かったので、また、東浩紀といえば、現在、言論界で注目すべき言論人であるし、期待して続編である『ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2』 を読んでみた。
が、結果は期待外れであった。
随分長いこと、積ん読本に詰まれていたが、ふとしたキッカケで読んでみた。
それまでの社会学なんかの本では解りづらかったことが、理解できたように思う。
本書の基調は、リオタールの『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム (叢書 言語の政治)』の社会主義などの大きな物語の終焉以降の現代社会の分析にある。
TVは、ほとんど見ないのであるが、チラホラ見ると、コメンテーターと称する連中が、何ら取材もせず、無責任に言いたい放題を言っているのに嫌悪感を覚える。
また、お笑いタレントが、政治に対して印象的な拙い意見を述べているのにも、大いに違和感を持つ。
かつては、筑紫哲也や鳥越俊太郎など信頼して見れる番組も存在したが、現在、そのような番組が存在するかどうか、疑問である。
これだけ、マスコミ不信が蔓延している中で新聞も、それに向き合い、真摯に報道しているとは、とても思えない。
そういうことから、本書を手に取った。