『動物化するポストモダン』が面白かったので、また、東浩紀といえば、現在、言論界で注目すべき言論人であるし、期待して続編である『ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2』 を読んでみた。
が、結果は期待外れであった。
『動物化するポストモダン』が面白かったので、また、東浩紀といえば、現在、言論界で注目すべき言論人であるし、期待して続編である『ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2』 を読んでみた。
が、結果は期待外れであった。
何のきっかけにそうしたのか、忘れてしまったのですが、ある日、ふと気がつくと、欲しいものリストに本書があり、キャッチーで興味をそそるタイトルであるので、購入してみた。
読んでみて、非常に興味をそそる、また、今日的な内容であったのであるが、結構、読むのに難儀した。
ノンフィクションで有名な作品は何かと幾つの本を漁ってみると、この本が紹介されていた。
著者の本田靖春氏は、ジャーナリズムの世界では有名らしい。
が、読んでみて、この本がノンフィクションである事に違和感を持った。
ここでは、僕の違和感を持った点を若干考察している。
男女雇用機会均等法が制定された翌年に学部のほとんどが女子学生の大学に進学し、その後の職場も女性職場に進んだからか、昔から、フェミニズムには興味があった。
この本も購入して、少しだけ読んで積ん読本にしていたのを、近年のフェミニズム運動の高まりを受けて、久方振りに読んでみた。
尚、学生時代、男子学生ばかりの工学部の友人に随分羨ましがられたが、要はバランスもあり、理系の女子は気が強く、「わたし、高校で一番だったのよ。」てな感じで、ブリブリ言わされ、実験の汚れ仕事なんかも否応なくやらされてしまう肩の狭い学生時代を送らされたのであった(^_^;
その辺は、一見腰の低そうに見える文化系学生や他職種の同業者とは、かなり違うのであった。